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ぼっちはさみしいから「ぼっこ」しょう

「ぼっち」というのは「日向ぼっこ」のことです。「日向ぼっこ」ということばを、いつからかあまり聞かなくなりましたね。

わたしは山村で生まれ育ったのですが、縁側には日がいっぱいさして、おばあちゃんや母がなにやら歌のようなもの口ずさんで、大豆のようなモノを干したり、針仕事をしていた記憶があります。

わたしも絵を描いたり、本を読んだり、うとうと寝そべった記憶があります。

覚えているのは、あったかくて、気持ちがよかった・・・。今、ふりかえると、ああ、あれが天国の場所だったのだなと。

 

最近になって、日向ぼっこということばを使いたくなりました。どうしてかというと、人生には生きていたくないほど、辛くて苦しいときがあります。そんなときは、恋人や友だちに救いを求めていました。そして、旅行をしたり、洋服を買ったり・・・。

でもですね。高齢になると、苦しければ苦しいほどだれも頼れないということがわかってくるのね。

 

でも、お日さまだけはむかしも今も変わらず、暖かく包んでくれるのね。おばあちゃんも母もこの世にいないけど、お日さまに当たっていると、まるで、あのころの縁側にいるようなしあわせに包まれるのね。不思議ね。コロナの時代であっても。

 

気がつけば、日向ぼっこをして10年たちました。

 

 

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